徒 然 草  2000年1月
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31日(月) 何年か前の、ある冬の日のこと。

 灯台は土浦駅前の商店街を歩いていました。季節風が吹き荒れる寒い日でした。ただ、土浦の商店街は季節風とは直行していて、当時はアーケードもあり、商店街を歩いている限りは、それほど寒くはありませんでした。しかし1ヶ所、店舗の建て替えで空き地になって場所がありました。灯台が丁度そこを通りかかった瞬間、突然季節風が強くなったのでした。突風と言っても良いでしょう。当時の眼鏡はゆるかったこともあり、突風にあおられて舞い上がってしまい、数m離れた車道へ。そして折悪しく通りかかったバスが、バリバリと音を立てて灯台の眼鏡を踏みつぶして行きました。。。


30日(日) 今日の天気は曇り時々雪。北アは見えず。13時まですべって宿に戻り、荷物をまとめた後、例年通り「うずらや」で手打ち蕎麦。ザルの特盛りに山菜の天ぷら、茸の天ぷら、山ウドのクルミ和え。食べた食べた。

 15時にタクシーに乗り、16時の新幹線に乗って、上野着は17時半。皆様ご苦労様でした。


29日(土) ペカペカの好天。戸隠山、高妻山、妙高、北ア、御獄、八ヶ岳、富士(戸隠から富士が見えると、初めて知りました。今回の参加者は大学時代のサークルの友人達、全部で6人。皆年季が入っているし、速いし、滅多に転ばないし、2km位のコースはノンストップで滑り切るし、いや疲れる疲れる。でも雪も良くて、快適なスキーでした。

 戸隠の楽しみの1つ、「やなぎらん」のケーキは、今年は去年までよりも小さくなっていました(値段も安くなっていましたが)。相変わらず美味しいけど、ちょっと力不足かなあ。

 17時に宿に戻り、今年新しくできた日帰り入浴施設へ。リフト1日券を見せたら、600円が50円引きになりました。中はあんまり広くなくて、大混雑状態。でも、良い湯でした。

 夕食を食べて、後はダラダラとダベリングタイム。


28日(金) 17時で仕事を切り上げ、「フレッシュひたち」で上野へ。ケーキを買ってエスカレーターを駆け降り、18時半の「あさま」に乗る。車内は満員。金曜日だし、しょうがないか。佐久平で座れました。20時、長野着。まだ夕食を食べてなかったので、駅前でラーメンを食べて、タクシーで戸隠へ。運ちゃんが面白い人で、あれこれ話しているうちに宿着は21時過ぎ。新幹線ができて、速くなったもんだ。ともあれ、今年もまた戸隠へ来れたことを感謝しましょう。

 買ってきたケーキでT氏の40歳の誕生日のお祝い。初めて戸隠でスキーをしたのは90年だったから、皆10歳年をとったわけか。


27日(木) 2月の出張の宿を予約しました。アメリカのホテルがネット経由で24時間予約OKなのですから、便利な世の中です。いつもヒューストンで泊まっているホテルと同じチェーンで、長期滞在用なので、冷蔵庫や電子レンジ、電気コンロ、鍋やフライパンや皿やフォークも付いています。また自炊の日々かな。

26日(水) コンビニではイチゴを使ったデザートが花盛り。そんな季節なんですね。コンビニで季節を感じるというのも、チト寂しいですが。

25日(火) 某週刊誌に、新田恵理の写真が載っていました。彼女も32歳とか。おニャンコも遠くなりにけり、ですね。

 個人的には、「モーニング娘」は「おニャンコ」を意識しているんじゃないかと思います。ベースとなる集団を中心にユニットを切り出して、コミックソングからラブソング、さらに演歌まで歌わすと言うコンセプトは、おニャンコそのものでしょう。新規加入や卒業みたいな部分も。もちろん、「モーニング」結成時にはそこまで考えていたとは思いませんが、ある程度売れた時に「おニャンコ」を意識し始めたんじゃないかな。

 ただ、当代一流の作詞・作曲・編曲陣が支えていた「おニャンコ」と比べ、2流バンドのリーダーがプロデュースの「モーニング」は、限界に突き当たるのも早いんじゃないかな。


24日(月) 最近の常磐線にはロングシートの車両が多い。ロングシート4ドアと言う、国電と同じ仕様のものまであります。

 確かに混雑時はロングシートの方が良いのは分かりますが、冬の夜の上り、ガラガラの車内に空っ風が吹き抜けてひたすら寒い。クロスシートなら、少しは軽減されるのに。かつては583系−夜は3段寝台/昼は普通座席という−神業みたいな車両を作ったこともあるんだし、ある時は5ドアロングシート、ある時は(シートが90度回転して)3ドアセミクロスになるような車両、作ってくれないかなあ。


23日(日) 今日も走ろうか、と思ったら雨が降り出し、そのままお昼寝モード。気持ちよかった。

 昨日はキムチ鍋をしたのですが、汁が残っていたので、タラと豚コマを買ってきてもう1回戦。〆はウドンで、お腹一杯。


22日(土) ここの所超運動不足なので、今日は少しジョギングをしました。アパートのすぐ裏を小川が流れていて両岸が遊歩道になっているので、そこを走ってきました。3kmを20分かけて走ったのですが、最後の方はかなりしんどかった。体がなまってるなあ。毎日は無理でしょうけど、週2回くらいは体を動かしたいものです。

21日(金) 今日は寒かった。何でこんな日に早起きしなきゃならんねん。有休なのに、と言いつつ電車に乗る。来た武蔵野線南船橋行きだったので、終点まで行って京葉線に乗り換え。海浜幕張で下車。

 幕張の運転免許センターまでは1km。えい、歩いちまえ・・・ 寒かった。バス使えば良かった。国際免許を更新し、バスで幕張本郷へ。ここから総武線−山手線で上野。ちょっと早いけど、「絵のある街」と言うお洒落な焼き肉屋でランチ。結構いい肉使ってるし、店内には絵が沢山掛かっているし、無煙ロースターだし、夜はデートスポットなのでしょう。ただ、個人的には、焼き肉は大阪・鶴橋みたいな雑多な雰囲気がいいなあ。

 そのあと、国立博物館で「皇室の名宝」展を見る。平日だけど、かなり混んでました。お客の平均年齢は65歳位でしょうか。「本企画展に高齢者割引はありません」との張り紙が出ていて、おお、足元を見ている、もとい、独立行政法人化に向けて、経営感覚を磨いているのでしょう出。

 出品物は今1つ。なんか、明治以降の大きな屏風絵でスペースを稼いでいるのが不満。もっと逸品があるはずだよなあ。ともあれ、20年後にもう一度やって欲しいなあ。そうすればガラガラの中でゆっくり鑑賞できるのに。

 さて、会社に戻って、ちょいと仕事をするか。納期も近いからねえ。海外出張もあるし。


20日(木) シンガポールに新しい競馬場が開業したそうです。毎週水曜と土曜にナイターで開催とか。ちょっとひかれる物がありますね。

19日(水) 昨日早く寝たおかげで、頭痛はとれました。やはり「寝るより楽は 無かりけり 浮世の馬鹿は 起きて働け」ですね。

18日(火) 風邪が流行っているみたいですね。会社でも何人か休んでいます。灯台もちょっと頭痛が。今夜は早いとこ寝ましょう。

17日(月) 土曜日寝たのが午前0時で、日曜日起きたのが12時前。これじゃあ、夜は眠れないかなと思ったものの、21時過ぎに眠くなり、蒲団にもぐればスヤスヤ。

 さすがに今日は午前5時に目が覚めて、一度トイレに立つ。蒲団に戻って目を閉じると、さすがに熟睡は無理だけれど、結構眠れる。ふと目を開けると時計が1時間進んでいる、というのを何度か繰り返して、最後は起きる時間。しくしく。

 今回面白かったのは、一度目を覚ましてもう一度寝ても、夢が続いていたこと。1回だけならともかく、3・4回目を覚ましたのに夢はちゃんと続いたからなあ。こんなこともあるんですねえ。


16日(日) 怠惰な1日になってしまいました。まあ、布団を干せたからいいか。これから健康ランドに行きます。

15日(土) 毎年恒例の「新春飲茶の会」。今年の参加者は男3人のみでした。毎年のごとく「萬珍楼貼心舗」で飲茶。例年より1週間遅いので、そんなに混んではいませんでした。お腹一杯飲茶をし、関帝廟にお参りして、ちょっと月餅を買って解散。

 灯台はこの後新宿へ出て、小田急美術館の冷泉家展へ。見応えはあったけど、定家の直筆が1つも出展されてないのは、ちょっとサギだなあ。


14日(金) 先日、携帯の端末を新しい機種にしました。前のは2年半使った訳ですが、小さく軽くなりましたねえ。呼び出し音も変えられるし。何にしようかなぁ、と考えた末、「パッヘルベルのカノン」にしました。GIファンファーレも悪くはないけど、人混みの中であれが鳴ると、チト恥ずかしい。「ゴジラのテーマ」もダウンロードはしたんですけどね。

13日(木) 灯台は「しるかけめし」系統が好きです。「しるかけめし」とは、液体がかかったご飯の事で、典型的なのは「お茶漬け」でしょう。「玉子ご飯」や「納豆ご飯」もこの系統に入りますし、「牛丼汁だく」もこれに通じるものがあります。そして「カレーライス」も。

 日本のコメはジャポニカで、粘り気があるのが特徴です。逆に粘り気のないのがタイ米に代表されるインディカで、おにぎりにしようとしてもパラパラとこぼれてしまいます。日本人は粘り気を好む一方で、なぜか液体をかけてコメがばらけたものも好むんですよねえ。

 さて、「しるかけめし」の究極は、やはり味噌汁をかけたご飯でしょう。行儀が悪い、と言われがちですが、良いコメを上手く炊いて(電気釜ではダメです。さらに炊き立てが命で、保温したものは論外)、ちゃんとダシを取って良い味噌を使った味噌汁をかけて食べてみて下さい。実に美味いものです。具は、ワカメとジャガイモが好きだなあ。


12日(水) 先日会社からもらった常備薬1式の中に、「ファイトドリンク」(製造:廣貫堂)なる怪しげなドリンクがあったのですが、成分表示を見ると「タウリン1000mg」。なんだ、要はリポD(リポビタンD)か。この手の奴って、実は作ってるのは中小薬品メーカーだったりするからね。しかし、「ファイトドリンク」って言う名前は、やっぱり「ふぁいとぉ!」「いっぱ〜つ!!」にかけてあるのかな?

11日(火) 年末年始のスポーツは大体終了しました(まだ、ラグビー大学選手権決勝/社会人選手権が決勝トーナメントが残ってますが)。高校ラグビーでは、トンガからの助っ人留学生を擁した埼工大深谷は準優勝でした。聞くところによれば、留学生は3人いるものの、ルールで同時に2人までしか出場出来ないとか。3人同時に出場できたら勝っていたかも知れませんね。監督は「15人全員の力でここまで来た」と強弁していましたが、助っ人なしでは県大会さえ勝ち抜けなかったのは明らかでしょう。

 高校ラグビーでは、仙台育英もNZからの留学生を起用していました。仙台育英は、高校駅伝ではアフリカのどこかの国の留学生のおかげで優勝していました。こちらも「全員の勝利」と言っていましたが、1区で留学生が30秒も貯金してくれたおかげで優勝した訳ですから、これも強弁。箱根駅伝は、これは山梨学院が得意ですよね。

 色々言う人もいるみたいですが、野球でもサッカーでも、私立の強豪高は全国から有力選手をかき集めているわけで、それが国際化時代でワールドワイドになっただけの話。サッカーW杯ではロペスを帰化させたし、長野五輪アイスホッケーでは主力のほとんどはカナダからの帰化選手だったし、プロ野球じゃ外人選手によってペナントが左右されるのは当り前だし、ラグビー日本代表のキャプテンはNZの元代表だし、大人の世界でやってることが大学/高校で許されん訳でもないでしょう。別にルールに違反しないなら構わないと思います。

 ただ、気に入らないのは学校側の偽善者ぶり。トンガからの留学生が「たまたま」ラグビー部に入ったら活躍したわけじゃないだろ。少子化への生き残り対策として、学校の名前を売るために留学生助っ人選手を連れて来て、全国大会出場/上位を狙った。そうハッキリ言いなさいよ。


10日(月) 今日は成人の日。去年は仙台市の式典に呼ばれた某大学教授が、出席者が話してばかりで誰も聞いていないと席を立って帰ったことがニュースになっていましたが、今年はどうだったでしょうね。あるニュースでは「もう、成人の日の式典なんか止めたら」と言っていましたが、蓋し正論。まあ、着物業界は困るでしょうけれど。

 通過儀礼の1つのしての成人の儀式はほとんどの民族にあり、日本でも各地で色々な儀式があったと思いますが、明治以降は「徴兵検査」がその役割をになってきました(もちろん、男だけですが)が、戦後はそれがなくなって、その代わりに成人の日ができました。

 かつては、成人の日を過ぎれば、酒もタバコも競馬もパチンコもOKだったわけですが、今では法律はあると言っても有名無実。みんな高校生の内にやってるよねえ。その意味では通過儀礼としては意味をなさなくなってしまったわけで、ただの官製同窓会と化しています。各自治体とも財政難の折り、なくす所も出て来るんじゃないかな。


9日(日) 成田山新勝寺に行きました。正月も7日を過ぎたし、空いてるかと思ったら凄い混雑。団体客が多かった。参道には鰻屋が多くて、いい匂いがプ〜ん。ただ、店の外まで行列している店もあれば空席が目立つ店もあり、これはこれで大変ですね。おみくじは「半吉」でした。

 会社から常備薬のセットをもらったので古い薬を処分したのですが、うがい薬(液体)を洗面所に流したら、ハッカが入っていたらしくてスースー匂います。


8日(土) 船橋法典で降りたら、土曜日で大したレースもないのに、すごい人。皆さん、中山競馬場へ初詣に行く訳ね(^^)。

 昨年末に亡くなった「競馬の神様」大川慶次郎氏のお別れ会の記帳所があって、順番を待っていたら前の人が記帳中にTVカメラが。フジテレビとなっていたので、明日の「スーパー競馬」で、運が良ければ灯台も写るかも知れない。


7日(金) 高校の吹奏学では日本一、淀川工業の吹奏学部をTVでやっていました。部員数160名。コンテストに出れるのは50名。で、全員が背中向けている所で1人1回ずつ演奏して、全員の挙手でレギュラーを決める。一番公平で一番厳しい決め方やね。でも、これなら落ちても納得できる。

 世の中、公平な評価が一番重要で一番難しいですもんねえ。


6日(木) 年末に起きたテロ(?)の影響で、駅のゴミ箱が使用停止状態になっています。それは仕方ないとして、ゴミ箱の横の自動販売機(缶飲料やカップ飲料の)はそのまんまなんだから困ったもんだよねえ。コーヒー飲んだら、カップは目的地まで手で持って行け、と言うんかいな。そもそも、ゴミ箱の前に灰皿を撤去して欲しいよねえ。

 ところで、今回の措置で一番困っているのは、私設駅ホーム新聞雑誌回収業の方々でしょう。


5日(水) 最近は便利な世の中で、お正月にもスーパーが開いているので、正月3日はキムチ鍋セットを買ってきて食べてました(辛いものは結構好きです)。

 朝鮮料理と言えばキムチですが、キムチに必要なトウガラシは新大陸原産なので、ヨーロッパに入ったのはコロンブス以後。更にトウガラシが東へ東へと旅をして、アジアの東端までたどり着いたのは、実はそんなに昔ではないはず。
 ドイツ料理と言えばビールとソーセージとジャガイモですが、ジャガイモは新大陸産。イタリアのスパゲッティにしても、ミートソースやナポリタンに必須のトマトは、これまた新大陸産。今から500年前、これらの国の人々は何を食べていたのでしょう?

 もっとも日本料理だって、スキヤキは明治以後だし、スシにしても、酢飯に生魚を乗せた握り寿司は冷蔵設備が発達した昭和以後ですからねえ。結局、美味しい物を食べたいと言う根源的な欲求の前では、人間はどんどんと新しい物を取り入れて行くのでしょう。最近では、コンビニのおにぎりが最前線かな。


4日(火) 今日はご用始め。まあ、ウチの会社は社長訓示と乾杯でおしまいですが。で、午後からは大学時代の研究室の新年会へ。研究から足を洗って学会にも行かなくなってしまったので、名前を忘れ去られないように、こんな時くらいは顔を出してアピールしておかなくっちゃ。

3日(月) 姉の家にお年始、と言うよりはお年玉の配給。ついでに浦和競馬場へ寄ってきました。

 今日で正月休みもおしまい。過ぎてしまえばあっと言う間。休みに入る前は、あれやろうこれやろうと思っていても、結局は必要最小限の事しかしませんでした。この性格は直らんねえ。

 今年は慶応ラグビーの調子が良い様ですね。もっとも、何年か前までの慶応ラグビー部と言えば、付属高出身者で固めていて他の高校出身者は2〜3人でしたが、今では付属高出身者が2〜3人で残りは花園のスター軍団。ま、対抗戦も1部・2部制を敷いて、今までみたいに5年に1ペンは東大に負けてたりしたら2部落ちの危機になってしまったから、仕方ないか。


2日(日) 昨夜実家に帰り、今日は小掃除とお年始をして、またアパートに帰って来ました。小掃除中は箱根駅伝をつけっぱなし。今年は順位の変動が多くて面白かった。選手は大変でしょうけど。

 さて、年頭に当たっては今年の目標でも書くのがよろしいのでしょうけれど、特にねえ。今年も又、ドタバタしているうちに終わるのでしょう。毎年、あれこれやってはいるものの、気が付けば孫悟空よろしく振り出しにもどってるもんなあ。

土産にもらった サイコロ2つ
手の中で振れば また振り出しに
戻る旅に 陽が沈んでゆく


1日(土) 穏やかな元日でした。天気が良かったので、布団を干して、駅伝を見て、ワインをチビチビやって、年賀状の返事を書いて、コーヒーを飲みに行って。。。 Y2Kも、大きな事件は起こらなかったようです。ただ、ライフラインは大丈夫でも、1/4からあちこちでトラブルは頻発しそうですけどね。某企業では会社のコンピューターの日付を28年前に変更してましたし(2000年と1972年は曜日が同じ)、そのままにしておけば何かトラブルが起こるって事でしょう。その辺のドタバタが1/4からかな。