時 間 よ と ま れ
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 ずいぶん昔に読んだマンガなので作者も題名も忘れてしまったが(手塚治虫作だった様な気がする)、主人公の少年が「時間よ止まれ!」と叫ぶと時間が止まってしまい、その中で少年だけが自由に動ける、というのがあった(ちなみに、「時間よ動け!」と叫ぶと元に戻る)。少年はこの能力を利用して、車に轢かれそうになった人を助けたり逃亡しようとする悪人を捕まえたり大活躍、と言うストーリーである。似たような発想は、「少年ジェッター」(古い!!)の「タイムストッパー」にも見られる。もっとも、こちらは30秒という時間制限付きだが。

 こんな超能力があれば、便利なのは言うまでもない。良い事はもちろん、完全犯罪も思いのままである。しかしマンガの中では表現されていないが、この能力には実は大きな落とし穴がある。「時間よ止まれ!」と叫んで全てが静止したのはいいが、光までもが空中で静止してしまうので目に入って来なくなる。その結果、この世は完全な闇に包まれてしまう。目をつぶって行動する不自由さを考えて欲しい。残念ながら、それほど便利とは言えそうもない。

 筒井康隆の「時をかける少女」では、主人公のいる教室の中は時間が正常に流れているが、部屋の外は止まっている、と言うくだりがある。主人公が教室の外を見ると友人達が皆静止していて、野球のボールも宙に浮かんだまま、とあるが、もちろんこれは誤り。教室の外は時間が止まっているので光も静止してしまい、窓から光は入って来ず、外は真っ暗なはずである。とはいえ、こちらの方はそれなりに使えそうである。

 例えば、明日の朝までに完成させなければならない資料が夜になっても全然手つかず、と言ったケースである。外の時間を止めてしまえば、「時間が足らない」と言うシチュエーションは回避できる。あとはゆっくり対処すればよい。必要ならしばらく寝ることも可能である。とは言え、全く無敵でもない。外部の時間を止めてしまうと、光に限らず外部から供給されていたリソース(ライフライン)も全て止まってしまう。そのため、台風の来襲と同様、それなりの事前準備が必要となる。

 水道が止まるのはそれほど困らない。事前にミネラルウォーターでも準備しておけばよい。電話がかかってこないのは、むしろ好都合だろう。ガスも、必要ならカセットコンロで十分である。問題は電気だ。明かりだけなら簡単だが、パソコンやプリンタがある。まあ資料の作成程度なら、パソコンだけを充電池で動かしてファイルを作ってしまい、その後、時間を動かしてからプリントアウトやコピーをする手もある。あと、入って来ないは出て行かないと同義語である。当然下水道は使えない。簡易トイレの準備は必須だろう。

 と、ここまで考えた所で重大なことに気が付いた。重力である。我々が地球の表面にへばりついているのは、我々と地球の間で「グラビトン」と呼ばれる素粒子が互いにやりとりされた結果、重力が発生するためである。グラビトンは光速で動いているので、時間が止まると止まってしまう。するとどうなるかというと、時間が止まった瞬間、部屋の中は無重力となり、ありとあらゆるものが −机も、ロッカーも、本棚も、もちろんあなた自身も− フワフワと宙に浮かんでしまう。これでは作業もクソもあったものじゃない。

 ま、こんなくだらない事考えてないで、とっとと仕事しろ! と言うことか。