春 宵 一 刻
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 今日は3月の29日。暑さ寒さも彼岸までとか。彼岸の中日に雪が降ったのはご愛敬であったが、さすがに今日あたりは気温も上がり、久し振りにセーターなしで街を歩くことが出来た。日没もだいぶ遅くなり、午後6時を回っても、まだ空が明るい。夕闇を渡る風が、セーターを脱いだ肌を心地よく刺す。人間とコンクリートの塊みたいなこの都会(まち)でも、風はやはり季節の香りを持っている。風の中の香りが昨日までと違っている事に気付いた時、人はそこで、季節が変わった事を思い知らされる。そして又、その刺激は、記憶の底に眠っている、同じ季節の遠い昔の思い出を呼び覚ます。今日のように。

 小学生の頃。中学生の頃。高校生の頃。浪人の決まった3年前。一人暮らしの準備で忙しかった2年前。そして去年。夕暮れの中に、いくつもの思い出が浮かび上がる。そして気が付いてみれば、僕はもう21になっている。

 この21年間、ずいぶんと色々な物を見てきた。ずいぶんと色々な事を覚えてきた。でもこうして思い返してみれば、結局の所、肝心な事は何一つ解っちゃいないし、肝心な所は何一つ進歩しちゃいない。僕にとって、今日は昨日の続きであり、明日は今日の延長にすぎない。来年になれば又、春の風が吹くだろう。そうして僕は22になり、そうして又、昔を思い返し、そうして・・・・

春の日の夕刻に見た一片の夢


*これを書いたのは今から15年前。でもこれを読むと、歩道橋の上から見たあの日の夕焼けが鮮明に思い返されます。